今、IT商品(サービス)において、供給側の市場原理は、需要側の市場原理とかい離してしまったと言えるのではないだろうか。
ひとつは、費用規模の見誤りの問題である。
インターネット以前は、ITを利用する企業は、既に、ある一定以上の売上規模の企業であった。
しかし、今、一人の個人がホームページを持つに至り、IT利用に、その垣根が無くなっている。
そのことは、商品の提供を行う時点で、需要側のポジションを確認する必要が発生していると言うことなのだが、供給側の振る舞いとしては、その点に目を向けているようには思えない。
つまり、需要側の新しい費用発生が、需要側のそれまでの売上と費用のバランスを崩してしまう場合があることを認識できていないまま、新しい費用の押し付けを知らず知らず行ってしまっている現状が見て取れるのだ。
需要側が、自身の商売で売っているモノよりも、買ったIT商品(サービス)の方が高価であったことに、使いはじめてから気付くと言う事態は、現場では、実際に起きていることなのである。
もう一点、気をつけておきたいのは、ほとんどの事業者にとって、ITは、自分たちの商売の強みとして位置づけるモノでは無いと言う点だ。
つまり、需要側にとって、IT商品(サービス)は、「道具」だと言う点だ。
供給側は、是非、このことに注目して欲しい。
つまり、需要側としては、大概において、ITは、即利用できる完成された商品として存在して欲しいのだ。
それらを研究開発するような必要性は、無いのである。
もちろん、これは、需要側も強く意識して、声を大きく、表明してゆかなければいけないことだとは、思う。
しかし、需要側は、あくまで、それらを受け取る立場にある訳で、ほとんどの革新は、ニーズによって発生することが無いように、供給側の身を切るような努力によってのみ、革新的な商品が生まれてくると言えるだろう。
仕様から決めて制作するモノで無く、また、ネット上で無料で供給されているモノでも無い、新たな商品形態を現場は欲している。
これは、間違いない事実だといえるのではないだろうか。
ただし、僕がここで言いたいことは、もう一つある。
これらの需要と供給は、ITにおいて、まったく選択の自由があると言う点なのだ。
これらは、どの点においても、誰かの既得権益や、許認可制度の為に新規の参入ができないと言うことは、基本的に無い。
ここが、面白い。
需要側は、「道具」として即利用しても良いし、ある時点で、供給側に成ることも自由なのである。
この、境界線が非常にあいまいな状況という点は、実は、可能性なのだと言えるのではないだろうか。
このことは、できれば頭の片隅に覚えておきたいと思う。
既に自身が行っている商売があり、それなりに順調にやってきているならば、無理やりIT商品(サービス)を事業に取り込む必要は無いだろう。
ただ、顧客とのコミュニケーションや、業務のオペレーションで、何やらITと名のつくモノを利用しなければならない、または、利用が必要なのではないかと感じる場合、まずは、「道具」としてのそれを利用するところから始めてみるのが良いのではないだろうか。
ITは、面白く、そして、自由だ。
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